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オナニー大好きな人妻のえむの日記です
今日も朝から・・・。
2006年02月23日(木) 07:38
今日、朝一番の旦那と私の会話・・・。

冷蔵庫を開けて賞味期限キレがないかどうかチェックを始める旦那・・。そして賞味期限が4日切れたトーフを発見。

「なんなんだよ〜。コレは!!ちゃんと紙に書いとけって言ってんだろう!!このバカ女!!今度こんなことがあったら追い出すからな!!わかってんのかこのバカ女!!!」

「はいはい、申し訳ありませんでした・・。見落としておりました。食べ物を無駄にしてすみません・・・。」

と平謝りに謝る私。

「あれ、なんかそれ納豆に見えたからトーフだって気がつかなかったなぁ」と苦しい言い訳をする私・・・。(三段重ねのタイプ)

「おまえ自分で買ってきたんだろう?!何でわかんないんだよ!このバカ女!!死ねよ!!もう。死んだほうがいいよ!!」延々つづく旦那の口撃・・・。ここからは私の心の声・・。

「あ〜〜〜!!!!うるせ〜〜!!うるせ〜〜!!朝からうるせ〜〜んだよ!!!まだ脳が働いてないときに罵声を浴びせるな〜〜!!脳内に入ってきてしまうだろう!!!だまれ!だまれ!!さっさと会社に行ってくれ〜〜!!!」

は〜〜〜すっきりした!!

今日も朝から負のエネルギーをたっぷり浴びせられ、私の一日がスタートするのです・・・。(これほぼ毎日?)何かしら文句言われてるね・・。


今日の占いカウントダウンハイパー
2006年02月22日(水) 17:58
私は毎日朝7時前にテレビでやってる占いを見るのが日課です・・。
二つのチャンネルでほぼ同時刻に放映しているのですが、必ずチェックします。そしてその二つの占い結果を総合して、今日の自分の物事への対処の仕方を頭の中に叩き込みます・・。占いの結果は大体当たるように思います。悪い結果が出たときはおとなしく控えめに過ごし、良い結果のときは安心して、仕事に出かけることができます。人によっては占いなんて信用しないし、結果に左右されないという人もいますが、私は占いの結果に100パーセント依存しています・・。

占いが見られなかったときは、一日を過ごすのがとても不安になります。こんな私はちょっとへんなのでしょうか?

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育児ノイローゼの記憶
2006年02月21日(火) 18:02
最近の私というか、子供が生まれてからの私はストレス解消のためにやたらに食べ物を口にいれてしまうという習慣ができあがってしまった。

妊娠しているときに食事制限があり、好きなものを好きなだけ食べれる生活から離れてしまっているときがあった。ただカロリー計算だけして決められた量、似たような献立のものをまるでエサのように流し込むだけの食事・・・。切迫流産ぎみだったので、同居していた姑に毎食作ってもらっていた。窓のない日が差さない暗い部屋で、出産予定日まで寝たきりの状態で、過ごした。外へ出るのは病院の検診のときだけ・・。旦那につきそってもらった。私たち二人の願いはただただ、10ヶ月間お腹の中で無事に赤ちゃんを育てることだけだった。長かった・・。ストレスで途中気が狂いそうだった・・・。そして長い長い妊娠生活が終わり、病院で帝王切開にて無事にえすと出逢うことができた・・・。

出産後、妊娠生活でのストレスの蓄積と、睡眠不足、慣れない育児などにより、産後3ヶ月くらいしてから、鬱の症状が出だした。夜眠ろうと思ってもなかなか眠りにつくことができない・・・。えすは、私の母乳が出ないのにもかかわらず、ミルクを飲んでくれない子だった。しかもミルクを良く吐いた・・・。そのたびに私はパニックになった。えすを溺愛する旦那は、「今日は何ccミルクを飲んだんだ?」と、こと細かに聞いてきた・・。私は次第に、「絶対にミルクを飲ませなければいけない。そうしなければこの子は死んでしまう!」とまで思いつめていきました・・・。

そして、最後には私はえすと同じ部屋で眠ることさえできなくなっていました・・。本当に四面楚歌・・。出口のない暗闇の中に一人取り残された状態・・。何も手につかない。何をしても楽しくない。もはやえすの面倒が見れない私は、旦那や姑たちにも冷たい視線をあびせられていた。まさに針のむしろ・・・。毎日近所の高いマンションを探してはそこから飛び降りることしか考えてなかった・・。もう限界だ。世間体なんて考えている場合ではない。私は意を決して保健婦さんに電話をしました。「もうだめです・・。苦しいです・・。精神病院を紹介してください。」と・・・。保健婦さんはすぐに心療内科を紹介してくれました・・。

軽い精神安定剤を処方してもらい、とりあえず眠れるようにはなりました。

その後外の空気を吸ったほうが回復するのではないかという勧めもあり、えすを保育園に預け、私はスーパーにパートに出ることになりました。

それからは段々と本来の自分を取り戻せるようになりました・・・。あのまま家にこもっていたら・・。もしかしたら私も犯罪者になっていたかも知れないです・・・。

えす。あの時は面倒を見てあげれなくて、ごめんね。そしてそのときに夜中に起きてミルクあげたり、寝かしつけたりしてくれた旦那。

いまだにそのことを恩着せがましく私に言ってくる・・・。

だから私は、旦那に頭が上がらないというわけなのです・・・。

ざけんなよお
2006年02月20日(月) 21:59
今日はビデオを返す日でしたので、えすとともにいつものビデオ屋へと向かいました・・。着くと張り紙がしてありました。本日たな卸しのため18時開店・・。「えっ〜何だよ。まだ30分もあるじゃん。」ということでどうしても今日えすが、ドクターリンのビデオを借りたいと言うので、仕方なく時間をつぶすために、本屋さんで立ち読みをすることにしました。パソコンから離れるために気分転換に来たのに、私の足は自然とブログ入門書コーナーへ・・。ふむふむ。なるほど・・・。などと思っているうちに、時間になり再度ビデオ屋へと車を走らせました・・・。

しかし、今度は18時開店のはずが19時開店に変わる張り紙が・・・。
「ざけんなよお!!ごらあ!!」私はキレました・・。他にもぞくぞくと開店時間に向けて車が入ってきていました・・。イカっているのは私だけではなかったはずです・・・・。

「このくそビデオ屋め!!ガソリン代返せや〜〜〜!!!」

という話なのであります・・・。



ネット依存症?
2006年02月20日(月) 06:52
最近の私はネット依存症ぎみだ。家にいるときはずっとパソコンの電源を入れっぱなしで、一時間と離れていることができない・・。おかしい。精神も不安定・・・。今までは、テレビを見たり、外に出かけて気分転換したり、本屋さんで立ち読みしたり、好きな音楽を聴いたりしていた・・・。今の私はネットにどっぷりはまりすぎて、そこから抜け出すことが出来ない状態・・。これは、まずいのかも知れない。もっとパソコンと良い距離感を持つようにしないと、精神が壊れてしまうかもしれない・・・。私はひとつのことにこだわると、それしか目に入らなくなってしまう性格・・・。

少し離れてみる?パソコンから・・。ネットから・・・。

出来るかな?まるで覚せい剤中毒患者を隔離して、むりやりに直そうとするのに似てる・・・。

パソコンの電源を落として・・。日常生活を優先させなきゃ。

今日も4時に目が覚めてしまった・・・。昼ごろになると眠くなってしまうのだろう・・。だらだらと昼ね・・。

そして気がつくとなにもしないまま、旦那が帰宅・・・。
最近毎日そんなことの繰り返しだな・・・。

とりあえず、どれくらい触らずに我慢できるのか試してみようかな。

今日は・・・。

はっぱ幻想



4年前の今日・・・
2006年02月19日(日) 18:09
2月19日、4年前のこの日に、私の母は交通事故に遭いました。歩行中に車に接触し、頭を強く打って意識不明、そのまま病院に運ばれましたが手術のかいもなく、それから約一週間後の2月25日に帰らぬ人となりました。

その日、私は仕事を休みインフルエンザにかかっている娘の看病をしていました。はじめてのインフルエンザ・・・。まだ小さい子供に薬を飲ませようとしても、熱にうなされておとなしく薬など飲むはずもありませんでした・・・。でも私は医者に「タミフルは時間通りに必ず飲ませるように!」と強く言われていて、途方にくれ、次第にパニックになっていきました。
「どうして飲まないの?飲んでよ!どうして!?」
自分でも感情が抑えられなくなってゆくのが、わかりました・・。

私は突発的に実家の母に電話していました。「お母さん!助けて!えすが薬を飲んでくれないの!!どうしたらいい??もう私気が狂いそう!!今すぐに来て、お願い!!」その電話が母と話した最後でした・・。

母は慌てふためきながらすぐに家を出てくれたようです・・。そしてバス停に向かう途中に道路を横切ろうとして、後ろから来た軽自動車にはねられたのでした・・。そのときの状況は、いまとなってはわかりません。でも、私が急がせるような電話さえしなければ、こんなことにはきっとなっていなかったように、思うのです・・・。

それから30分後くらいに、救急隊の方から私の家に電話がありました。
母はポケットに、私の住所と電話番号、名前をメモしたものを持っていたようです・・・。

それからはよく覚えていません・・。ずっと病院に泊り込みでした・・・。あの地獄のような非日常感、うそであってほしい、夢であってほしいと何度も思いました・・。でもそれは動かしがたい現実でした。

加害者は主婦・・・。病院にかけつけ、何度も謝罪をしてきましたが、
私は気持ちが悪くて、顔を見ることができませんでした・・。

お見舞いのシュークリームを持ってきた加害者・・。そんなもの、のどに通るはずがありません・・・。兄が受け取りましたが、すぐにごみ箱に捨てました・・・。

私は自分にも責任があると思っていて、その気持ちからかも知れませんが、どうしてもその加害者の主婦の謝罪を受け入れることが最後までできませんでした・・・。

あれから4年。実家の家も処分され、今は何にもない更地です・・。
年老いた父もずっと病院に入ったまま、あとは死を待つのみの、状態です・・・。

私が犯した罪・・・。とうとう取り返しのつかないことをしでかしてしまいました・・・。

でも、今はもう自分を責める気持ちはだいぶ薄れてきています・・・。
自分自身を責めても、何にもよいことはない・・。空の上の母もそれはきっと望んでいない・・・。母の望みはただひとつ。娘のえすを大切に大事に育てていくこと・・・。

お母さん。ごめんね。

今日、現場に花とお線香をたむけてお祈りしていると、近くをとおりかかった中学生の集団が、気味悪がって笑っていました・・・。



私の中の暗い闇
2006年02月19日(日) 15:33
私にはもうひとつ人に話していない秘密にしていることが、あります。
私の体にはケロイドがあります。左半身お腹から背中にかけて広がるやけどの跡のようなみにくいケロイド・・・。原因は小学5年生のときにかかった、帯状疱疹という病気です。これは痛みをともない、次第に水ぶくれが出来て、その後完治するというもの・・。なんで子供の私がその病気にかかったのかはわかりませんが、当時医療技術が発達していなかったせいか、または私の体質もあるのか、結局傷跡は残ってしまいました。今ではたぶん傷跡が残ることなどない病気なのでしょうが・・。

親からは、見えないところだから気にするな、お前が悪いわけではないのだから、堂々としていなさい、と教えられました。私もさほど気にすることはなかったのです。

でも、思春期になりただでさえ自意識過剰になっているときに、そのことはおこりました。高校一年生の健康診断のとき、町の年寄り医者が私の傷跡を見ていいました・・・。

「これは、ひどい」

私はその言葉にショックを受けました。両親には恥じることないと教わってきたことが、「自分はひどい傷跡を持った人間なんだ」と言われたように、強く感じ、そのこともあってかどうかはわからないのですが、
「自分は人とは違うだめな人間なんだ」「欠陥品なんだ」
「こんなことでは将来結婚もきっと出来ない」
「好きな人に自分の裸を見せることもできない」
などと思い込んでいました・・・。

あのときのあの老医師の暴言がいまでも許せません・・・。

感受性の強い時期、しかも女の子に向かって言う言葉では絶対にないはずです・・・。

は〜〜〜。人に言えないこと書くと本当に心がすっきりするな〜。

野良猫のみーこだよ
2006年02月19日(日) 07:27
みーこ


約一年ほど前からこの周辺をさまよってる野良猫のみーこです。
ちなみに♂。とても人懐っこくて近所の子供たちのアイドル・・。
最近は優しいおじさんのもとで、ベランダにて飼って貰ってる(?)
みたい・・。家にはえさを貰いにくるときだけ、甘えて擦り寄ってくる。えさを食べるともう用はないとのことで、すぐに出て行ってしまう薄情もののネコ・・。でもネコってみんなそういうものなのかな?
とにかく、みーこは私と娘のいやしであることはまちがいないのです。

でも、くそ旦那はみーこのこと毛嫌いして、かわいがるととても怒られます。
なにをとっても私と旦那の関係は、平行線です・・・。

ったくなにが気に入らないのかな・・・。みーこかわいいのに・・。ね。

みーこの絵は私が描きました・・。お絵かき大好きっ子です・・。
ははは・・。ぶりっこしちゃった〜〜〜。


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