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オナニー大好きな人妻のえむの日記です
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育児ノイローゼの記憶
2006年02月21日(火) 18:02
最近の私というか、子供が生まれてからの私はストレス解消のためにやたらに食べ物を口にいれてしまうという習慣ができあがってしまった。

妊娠しているときに食事制限があり、好きなものを好きなだけ食べれる生活から離れてしまっているときがあった。ただカロリー計算だけして決められた量、似たような献立のものをまるでエサのように流し込むだけの食事・・・。切迫流産ぎみだったので、同居していた姑に毎食作ってもらっていた。窓のない日が差さない暗い部屋で、出産予定日まで寝たきりの状態で、過ごした。外へ出るのは病院の検診のときだけ・・。旦那につきそってもらった。私たち二人の願いはただただ、10ヶ月間お腹の中で無事に赤ちゃんを育てることだけだった。長かった・・。ストレスで途中気が狂いそうだった・・・。そして長い長い妊娠生活が終わり、病院で帝王切開にて無事にえすと出逢うことができた・・・。

出産後、妊娠生活でのストレスの蓄積と、睡眠不足、慣れない育児などにより、産後3ヶ月くらいしてから、鬱の症状が出だした。夜眠ろうと思ってもなかなか眠りにつくことができない・・・。えすは、私の母乳が出ないのにもかかわらず、ミルクを飲んでくれない子だった。しかもミルクを良く吐いた・・・。そのたびに私はパニックになった。えすを溺愛する旦那は、「今日は何ccミルクを飲んだんだ?」と、こと細かに聞いてきた・・。私は次第に、「絶対にミルクを飲ませなければいけない。そうしなければこの子は死んでしまう!」とまで思いつめていきました・・・。

そして、最後には私はえすと同じ部屋で眠ることさえできなくなっていました・・。本当に四面楚歌・・。出口のない暗闇の中に一人取り残された状態・・。何も手につかない。何をしても楽しくない。もはやえすの面倒が見れない私は、旦那や姑たちにも冷たい視線をあびせられていた。まさに針のむしろ・・・。毎日近所の高いマンションを探してはそこから飛び降りることしか考えてなかった・・。もう限界だ。世間体なんて考えている場合ではない。私は意を決して保健婦さんに電話をしました。「もうだめです・・。苦しいです・・。精神病院を紹介してください。」と・・・。保健婦さんはすぐに心療内科を紹介してくれました・・。

軽い精神安定剤を処方してもらい、とりあえず眠れるようにはなりました。

その後外の空気を吸ったほうが回復するのではないかという勧めもあり、えすを保育園に預け、私はスーパーにパートに出ることになりました。

それからは段々と本来の自分を取り戻せるようになりました・・・。あのまま家にこもっていたら・・。もしかしたら私も犯罪者になっていたかも知れないです・・・。

えす。あの時は面倒を見てあげれなくて、ごめんね。そしてそのときに夜中に起きてミルクあげたり、寝かしつけたりしてくれた旦那。

いまだにそのことを恩着せがましく私に言ってくる・・・。

だから私は、旦那に頭が上がらないというわけなのです・・・。

今年はなんとか・・・
2006年02月18日(土) 18:40
今年は娘のえす(仮名)は、インフルエンザからまぬがれそうです。このままいくと・・・。えすには、3年ほど前から予防接種を受けさせています。そのせいかわからないけれど、最近のえすは本当に風邪も引かずに丈夫になってきました。親としてはそれが一番ありがたいことです。

子供が元気で学校に行ってくれるからこそ、パソコンやって遊んだり、外に仕事に出かけることが出来るのです・・・。

元気すぎてうっとおしいときもありますが、熱にうなされて苦しんでいる姿を見たりすると、本当に今のこの状態に感謝しなければならないと思う今日この頃です・・。



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