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オナニー大好きな人妻のえむの日記です
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自意識過剰
2006年04月26日(水) 20:58
私は思春期の頃から自意識過剰だった。他人から自分がどう思われているのかが気になって仕方がなかった。人よりもいつも自分がよく思われたかった。

子供の頃は父が私に甘かったせいか、いつでも誉めてくれた。学校でテストの点数が良かったときも、そろばんで一番になったときも大げさに誉めてくれた。

だから私は人よりも優秀な人間なのではないかという意識をいつのまにか刷り込まれていた。その後高校に入学して勉強について行けず、友人もできなかった私は生まれて初めての挫折を味わうことになるのだが、このときのヘンな自意識のせいで、こてんぱんに打ちのめされた。

私って勉強もできて明るくてみんなに好かれる人だったはずなのに、これは何?この今の状況は何?自分で自分を認めることができずに打ちのめされた自意識を支えることができなかった。

青年期によくある挫折なのかもしれない。しかし私はこの挫折感をいつまでもひきずってしまうことになる。壊れた自我を守るために私は自分の心を閉ざした。意識を自分だけに向けて自分を理解してくれる人は自分だけなんだと思うことで何とか生きてきた。

自分に自信がなくなった。そしていつも人に対して必要以上に卑屈な態度をとることによって自分がこれ以上傷つけられることを防いでいた。だから、思ったことも言えずにいつも人の顔色を伺うような暗い性格になってしまった。

あれから歳を重ねてやっと最近はあまり自分を卑下しないで、他人と接することができるようになってきた。そして、今思うことは自分を卑下しすぎることは、他人よりも自分が優位に立ちたいと思ってていることと同じなのではないのかということに気づいてきた。

過剰な自意識は他人から見て醜いものなのかもしれない。裸の王様みたいに見えない洋服を着てきどっているけれど、他人から見ればバカみたいに思えるのかもしれない。

自分に自信を持てるにはまだまだだけど、少しずつありのままの自分を認め、さらけ出していけたらと思っている。

もう見えない洋服は脱ぎ捨てよう。

お父さんの思い出
2006年04月23日(日) 19:54
私は父が48歳のときに生まれた子供だ。父は私の母と再婚して兄と私が生まれた。母は私に対して厳しい人だったが、父は子供のときからずっと私を「ねこっかわいがり」してくれた。

兄と兄弟けんかするといつも私の味方になってくれた。それが兄には辛かったみたいだ。でも私はそんなお父さんが大好きだった。寝るときもいつも一緒で、お父さんの太ももの間に私の足を挟んで抱きしめて寝てもらった記憶がある。朝立ちしたお父さんのおち×ぽを照れながら見せてくれたりもした・・・。(テント張ってる状態をパンツの上からです・・・。)

でも小学校4年生くらいのとき、近所をお父さんと散歩していると同級生の女の子がからかってきました。「えむちゃん、だれと歩いてるの?おじいちゃん?」って。ショックでした。お父さんだよって言えなかった。

私の大好きなお父さんが人から見たらおじいちゃんに見えてしまう。それから私はお父さんと歩くのが恥ずかしくなりました。授業参観に来てくれたお父さんに声をかけられるのが、たまらなく恥ずかしかった。

女の子は思春期が近づくと生理的に父親を受け入れなくなります。私にはとてもやさしいお父さんだったけれど、そのやさしさ、愛情がどうしようもなく気持ち悪くなった時期がありました。

今はお父さんとの楽しい思い出しか記憶に残っていません。子供のころデパートに連れて行ってくれたお父さん。レストランで私のためにクリームソーダを頼んでくれたお父さん。中学生の頃ベットに憧れていた私と一緒にデパートまで行って注文してくれたお父さん。(でもその後に母から置く場所がないとの反対にあい、キャンセルされられました。)

いつも私のことを一番に考えていてくれたお父さん。大好きでした。
いい思い出をどうもありがとうございます・・・。

2ちゃんねるという場所
2006年03月27日(月) 09:05
2ちゃんねる。私が2ちゃんねるに迷い込んだのはつい2ヶ月ほど前のことだった。私が大好きだったサイトが一時閉鎖してしまったときに、寂しさからそのサイトをウォッチするスレに書き込んだことがきっかけだった。

今までほとんど2ちゃんなんて見たこともない私が、ルールもわからずにいきなり書き込んでしまったために、結果的に荒らしのようになってしまった。そして強制的に別スレ立てられて排除されてしまった。

寂しかった私はそのスレに独り言日記のようなものを書き込んだ。そうすると思いがけずレスが入っていた。私が語りかけたことに対し、答えてくれる人がいる。それはとても新鮮で楽しい初めての経験だった。

それからの私はそのスレに書き込みしてくださる人と、レスを続けることが楽しくてしょうがなかった。レスがないときはとても寂しくてその場を離れることができなかった。次第に睡眠時間を削ってまでそのスレに張り付くようになっていった。家事、育児すべて後回し。昼間は常に眠くてしょうがない状態。それでもそのスレに何かを求めて依存し続けた。自分自身の存在意義をそのスレに求めていたのかもしれない。

今はほとんど2ちゃんねるのスレに書き込みする人もいないし、自分もブログを立ち上げたりしてスレは放置したままだ。

2ちゃんねるって怖いところだと改めて思う。一言書き込んだことに対して「きもい。うざい。氏ね」などとあぜけりのレスが帰ってくることは日常茶飯事。誰もが匿名で自由にどんなひどい言葉でも書き込めてしまう場所が2ちゃんねる。

今はいろんなスレを覗いたりする余裕ができたのでわかることなのだが、私にとっては本当に向いてない場所だったんだなあと感じる。2ちゃんはネットに慣れた人が、お遊びみたいな軽い気持ちでスレ立てて楽しむところ・・・。それができない私みたいな性格(細かいことを気にする)の初心者がスレ立てることがどれだけ無謀だったのかということに気がついた。

そんな今、2ちゃんねるのさまざまなスレを覗くことはあっても、書き込む勇気は正直言ってない・・・。書き込む場合は、よほど検討して慎重に書き込む。でも何も分からない私にいろいろと教えてくださった方々には、この場を通じて感謝の気持ちを伝えたい。

あの時は本当にどうもありがとうございました。そして、今どうされているのかは分かりませんが、お体を大切に日々お過ごしください・・・。

飲酒
2006年03月26日(日) 06:48
私はめったにお酒を飲むことはない。でも飲めないわけではない。ビールは苦いから苦手だけど。初めてお酒飲んだのは会社の歓迎会の時だ。

訳もわからずお酌されるまま飲んでいたら、最後のしめのとき立ち上がろうとして腰がくだけて立ち上がれなかった・・・。自分の限界を知らずに飲むと恐ろしい。その後転職してから、会社関係のおもしろい男の人たちと知り合って何度かみんなで飲みにいったときに、少しずつお酒の飲み方を覚えた。ウーロンハイが一番飲みやすくて好き。

お酒を飲むと普段抑えている心の防御システムが聞かなくなる。そして本来の私の姿になる。いっぱいしゃべる。しゃべりまくる。そしてカラオケがもともと好きなので歌いまくる。みんなが拍手してくれると悦にひたってまたまた歌いまくる。最低だな。でもその場が楽しければそれでいい。とにかく酔いを発散させないと気持ち悪くなってしまい、一気に酔いが回ってきてしまうのでこのときとばかり騒ぎまくる。

しかし、子供が生まれてからは一切旦那に夜の外出を禁止されているので、こういうストレス発散ができない。たまにはみんなと飲んでぐだまいて歌歌いまくってエロエロな会話しまくって、はめをはずして遊びたい・・・。でもそれはかなわぬ夢だ。

家ではめったに飲まないのだが、(相手がいないと一人で飲んでもつまんないから)昨日はなぜか飲んでしまった。最近アルコールが体に入っていなかったから少量でも十分に酔っ払う。そして気が大きくなってあとで読み返したら恥ずかしくなるようなこと、ブログに書き込んだりしていた。酔いが冷めて冷静な目で見たら、ナニコレ状態。超恥ずかしい。だから消してしまった。

酔いが冷めた後の気分はなんとも言えない虚しい気分。祭りの後の寂しさみたいな・・・。だから一人で飲むのはいやなんだ・・・。

あ〜あ。誰か男の人と二人で飲みに行きたいなあ・・・。えっち付で・・・。
飲むと無性にヤリたくなるんだよね・・・。えへへへ・・・。

人前で食事をすること
2006年03月24日(金) 06:54
今日は子供を学童に預けることが出来るので、その分いつもより多く働くことにした。お昼休憩挟んで6時間。たまには職場に協力しないとな。

それで食事のこと。私は人前で食事するのが恥ずかしい。食事って動物みたいに本能的な行為だし・・・。食事をしてるときは限りなく無防備になっているし。私はいやしいので食べ方もへたくそだ。ポロポロこぼすし、お口のまわりにはカスがついてしまう。まるで子供みたいな食べ方・・・。フォークとナイフの使い方もわからない。

そういえば学生の頃なぜか他人にお母さんの作ったお弁当を見られるのが恥ずかしくて、隠しながら食べてたことを思い出した。みんなのお弁当はサンドイッチとか鶏の唐揚げとかしゃれたものが入っていて、とてもうらやましかった記憶がある。そして現在、因果はめぐり娘は私の作ったお弁当をどうやら隠しながら食べているようだ。(苦笑)

人前で食事することって、人前でオナ×ーしたり、う×こしたりするのと同じくらい恥ずかしいような気がする。家族の前では平気。全部さらけだしてるから・・・。でもレストランとか行ったときたまに遠くに座っている人と目が合ってしまったりすると、ちょうどフォークで口に押し込もうとしてるときなんて、凄く恥ずかしくて思わず口を手で覆ってしまう。

そんなんだから職場の休憩時間にみんなと向かい合って、団欒しながらお食事するなんてしたくない。よって更衣室の隅で一人イスに座ってこそこそと食べることになる。休憩室って煙草のけむりも充満しているし。喘息気味の私にとっては入りたくない場所だ・・・。

今日はいつもより長いから疲れちゃいそうだな・・・。頑張ろう。頑張り過ぎない程度に・・・。

早寝早起き
2006年03月22日(水) 06:02
最近の私は早寝早起きだ。それというのも娘がいつも学校に行くのにぎりぎりまで寝ているため、朝食もろくに食べずに毎日学校に行っていたから、それを見た旦那が、もっと早く寝かせて早く起こす習慣をつけたほうがいいと言ったから。この4月で3年生になる娘もやる気になっている。

そんなことでここ一週間くらい、夜10時には娘と床に入る生活を続けている。不思議と布団に入ると私も眠くなり気がつくと一緒に寝てしまっている。

最近はパソコンばかりでテレビもほとんど見ない生活なので、早く寝ることは惜しくはない。そうすると自然と朝5時頃とかに目が覚める。試しに起きてみる。眠くない。なぜか頭がすっきりとしている。いつもは、だらだらと何をするにもやる気が起きない私なのだが、不思議とテキパキと片付けをしたり、お米を研いだり食器を洗ったりするのが苦ではない状況になる。

これは使える。ぐーたらな私がいっぱしの主婦のように動ける時間ができた。朝早く起きると昼間眠くなってしまうのではないかと以前は思っていたが、眠くなるのは夜9時30分ごろ。かえって頭の働きがよくなるような気がする。仕事しててもなんか今までみたいにぼけーっとすることがなくなったような・・・。

早起きは三文の徳(字あってるかな?)というけれど本当に昔の人の言うことって的を得てるんだな・・・。

当分この生活を続けることにしよう。

オウムを見ていた日々
2006年03月18日(土) 18:08
オウムにはまっていた時期があった・・・。もちろん信者ではない。ただのウォッチャー。あの時は毎日ワイドショー見るのが楽しかったな。

なにかしら事件があって・・・。オウムの面々が毎日テレビに出て生討論会。江川紹子とのバトルも面白かった。私はオウムの中で好きだったのは青山弁護士。あの無表情なところが好きだった。ときおり見せる笑顔にもときめいた。あの人って凄い秀才だったんだよね。たしか、京都大学を首席で出たんだっけ?頭のいい人たちの集団だったんだよね。オウムって。みんな教祖の人に操られていただけなのかな?

オウム好きがこうじて都内のショップにまで足を運んで青山弁護士の写真入ノートとかレアアイテムを購入して喜んでいた私・・・。ヘンな奴ですか?

そして最近上祐のホームページを見た。悩み相談みたいなことやってた。そういう悩みを持っている人につけこんで信者を増やそうとしているのかな?怖い・・・。でも私は断食なんてできないもんね〜。

ああ、あの滝本弁護士は今頃どうしているのだろうか?たしか子供が5人だかいるとか言ってたけど・・・。あのキャラクターに今の時代に匹敵するのは夜回り先生(水谷修さん)ぐらいしか思いつかない。

世の中にまた面白いキャラクターが出てくることを期待して・・・。

ちなみに当時録画した「朝まで生テレビ」のビデオまだ部屋の片隅にとってあります・・・。

そういえば江川さんがいまだに子供を作らない理由って、故坂本弁護士に義理立てしてるんだろうか・・・。故坂本弁護士のお母様にはだいぶ恨まれていたみたいだし・・・。

幸せって・・・。
2006年03月16日(木) 19:57
幸せって何だろう。私の今の状態は果たして幸せと言えるのだろうか。
私はいつも自分ほど不幸な人間はいないと思って過ごしている。でも、よく考えてみると今の結果って全部自分がよかれと思って選択してきたことの積み重ねなんじゃないのかってことに気がついた。

この口うるさい旦那を選んだのも私だし、自分から友達を作るのがわずらわしいから人間関係を築こうとしないのも私だし、不妊治療の末に一人娘に恵まれたのも自分が一生懸命治療に通った結果だし・・・。

私はどうしても今あるものよりも、自分に足りないものを欲しがってしまう。他人の評価も気になる。でも、自分の存在意義を他人の評価にのみ、ゆだねている今の状態では、ひとつひとつのことに一喜一憂してしまうのも否めない。だから私の精神はいつもジェットコースターのように激しく上下する・・・。

自分自身の中に確固たる自信のようなものがあれば、私のこの不安定な精神状態はだいぶ改善されるような気がする。

私にとっての幸せな状態・・・。よく考えてみると今の私の状態って凄く不幸ってわけでもないんじゃないか・・・。今あるものを見つめて大事にしていくことが自分が幸せになる道なのではないだろうか・・・。

頭ではわかっているのに、長年のマイナスの思考回路はそうそう改善できるものではない・・・。

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