無料
エロ
動画
オナニー大好きな人妻のえむの日記です
  • 2021/08
  • 2021-09 :
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 2021/10
いじめ
2006年10月16日(月) 16:05
子供のクラスでいじめがあった。女の子一人を数人の男の子たちが殴るける暴言あびせるなどして、けがさせたらしい。

私がこの事件を知ったのは子供の口からだった。でも子供の話なんてまだ小学生中学年なので、らちがあかない。

子供の学年は入学したときから問題児のようなわんぱくな生徒がたくさんいて、学級崩壊していたこともあった。








Read more>>

春の遠足
2006年03月23日(木) 18:19
明日は子供の学童の遠足だ。遠足と言えばお弁当。私が子供のときお母さんが作ってくれたのは、のり巻きとおいなりさん。そしてポットにはお湯で煮出した麦茶。今は私が子供にお弁当を作る立場になってしまった。

あと、遠足と言えばおやつ。200円以内でおやつを用意してもよいという。私が子供のころと言えば約30年くらい前(!)なのだが、当時のおやつってコーヒービート。それとチョコベビー。あと、カバヤのジューシー。こんなところかな?定番だったのは。全部今でも(たぶん)売ってるお菓子だと思う。何十年にも渡って受け継がれる味。

子供とともにスーパーのおかしコーナーに立ち止まってふと、懐かしさに手にとってしまう私がいる。

さて、明日のお弁当のおかずとおやつ200円分(駄菓子ばっかりになりそう)を買出しに行って来るとしよう。あ〜かったるいなぁ・・・。

通信簿
2006年03月23日(木) 15:11
今日は娘の学校の終業式だった。そして「あゆみ」をもらってきた娘。
こころなしか元気がない。

「どうしたの?」

「○○ちゃんは二重丸がついてたのに、どうして私のはついてないの?学校一生懸命に頑張っているのに・・・。」と娘・・・。

「それはね。二重丸は50人の中で一人か二人しかつけられないんだよ。先生だって××が頑張っていることはよくわかってる。ママだってわかってるよ。人のことは気にしちゃいけない。大丈夫。ママがちゃんとわかっているから。」と言い聞かせる私。

しかし娘は仲良しのお友達よりも自分が劣っていることに、とても傷ついたようだった・・・。

「でもさ、何でいつも二重丸つかないのかな・・・。ぐちぐちぐち・・・」

最初はやさしく言い聞かせていた私もだんだん腹が立ってきた。無性にいらいらする。そして言ってはならない言葉を吐いてしまった。

「あ〜〜。もううるせ〜な。ぐちぐち言うんじゃねえよ!お前はママの子だからバカなんだよ!だから二重丸なんてつかないんだよ!!」
と言ってしまった・・・。

昨日水谷先生の講演を聞いて改心しようとしたばかりなのに・・・。娘は泣き出してしまった。私もいらいらをぶつけて我に帰り、娘にやさしく話しかけた。

「ね?××にはいいところたくさんあるよ。勉強なんてできなくたっていいんだよ。字だって上手だし。お友達を思いやる気持ちも持ってるし。そういう自分の良いところを見てあげないと、大人になったときにダメな人になっちゃうよ?」

それを聞いた娘は納得したように言った。

「ママみたいなダメな人間になっちゃう?」

おいおい、そのとおりだけどそれが親に向かって言うせりふなのか?娘よ・・・。
とりあえず落ち着いた娘を抱きしめた・・・。

「ごめんね。さっきは怒って・・・。ママは××ちゃんが大好きだから・・・。」

おわびのしるしに自腹でレストランに行って子供の大好物とデザートまで食べさせました・・・。
いや単にお昼作るのが面倒だったということもあるのですが。(苦笑)

でも本当は通信簿なんてもん、なくせばいいんだよなぁ・・・。

水谷先生のお話を聞いて
2006年03月23日(木) 09:55
昨日、夜回り先生こと水谷修先生のお話を聞いてきた。主に子育て、子供の教育について語っていた。夜の街に堕ちてくる子供たちは決して悪くない。実社会でその子にかかわった大人たち全員の責任なのだと・・・。

ストレス社会でいらいらしている大人たち・・・。そのはけ口はいつだって弱いもの、子供に向かう・・・。誉められることよりけなされることばかりで、子供の心はだんだんと死んでいってしまう。そして元気のある子は夜の街へ出る。おとなしくまじめな良い子は暗い部屋でリストカット。自殺願望。ネットに依存する。(私みたい・・・。)

子供を持っている親に対しても苦言を呈していた。大半の親は誉める数よりもしかる数のほうが断然多い。子供は誉めることによって目が生き生きとして、将来いろんなことにくじけないような大人になれるという。

今の親も先生も全部指示型。あれしなさい、これしなさい。これでは子供は自分で考える力が全く発達しないとのこと。失敗してもいいからその責任は全て自分にとらせる。その繰り返し。自分で痛い思いをして経験からひとつひとつ学ばせる。親はただ見守ればいい。「言葉」はいらない。ただ子供と同じ目線になって子供の言葉に耳を傾けながら、一緒に泣いたり笑ったりすればいい。「待つ子育て」が大事なのだということをおっしゃっていた。

私自身の子育て(なんてえらそうなことはしてないけど)を振り返ると子供かわいさのあまり、または指示して動かしたほうが簡単に済むからという理由から、自分でできる考えられることですら口出ししてしまう。そして誉めるということの大切さを忘れていた。そうだ。私だって子供のころもっともっとお母さんに誉められたかったんだ。そして先生にも誉められたかった・・・。誉められるととても嬉しくてやる気になった・・・。最近の私はパソコンに夢中で子供の顔もろくに見ていなかったのではないか?いつも旦那に文句言われたことを子供に八つ当たりしていたのではないか?

子供の20年、30年後を見越して今大事に花の種を育てるように子育てすることが大切なのだと先生は教えてくださった。

とりあえず今日、はじめて錠剤の薬を飲めた娘を誉めてあげた。

「えらい、えらい。よく飲めたね。さすがはもうすぐ3年生だけあるね。」

娘が明るく輝くような笑顔を私に返してくれた。

先生がおっしゃられたことは、このことだったんだなと実感した・・・。

昨日先生のお話を伺った私はもう、先生の「生徒」なんですよね・・・。

先生が病気のお体に鞭打つようにしてこの町に来てくださってお話してくださったこと、無駄にすることはしたくないと思いました。

最近は・・・
2006年03月20日(月) 18:03
ここ最近、私がずっとパソコンにはまってるせいか、娘が私になつかなくなってしまった・・・。私を見る目が冷たいような・・・。旦那が子供の面倒見がいいためにすっかり旦那になついてしまった・・・。

旦那の仕事が休みの日は私が仕事なので、娘のめんどうは旦那が見る。
旦那の実家に連れて行ったり、ゲームに連れて行ったり。

最近は私がいても旦那にべったりになってしまった・・・。ありがたいようなちょっとさみしいような・・・。パソコンにはまりすぎで、子供と遊んであげようとしない私が悪いんだけど・・・。

まさかこんなにパソコンに夢中になるなんて思わなかった・・・。パソコンに向かってると何時間たってもあきることがない。

もうすぐ春休みだ。子供を学童に連れて行かなくちゃ。そしてお弁当も毎日作らなくちゃ・・・。大変だ。でもそうはいってもお弁当のおかずはいつもワンパターンなんだけれど。冷食とちんするハンバーグ、卵焼き・・・。まあいいか・・・。だから子供に嫌われちゃうんだな。

出産後の心理状態
2006年03月19日(日) 06:38
娘をようやく不妊治療の末に授かる運命の日がやってきた・・・。暗い部屋からの監禁生活から開放され、帝王切開の手術のために入院することになった・・・。ちょうど出産予定日。

明るい病室に通され、もう好きなものもいくらでも食べていい・・。今までの苦労が報われる日。しかし夕方に陣痛がきてしまった・・・。看護婦さんいわく軽いものだったらしいけど、私には耐えられないくらい苦しいものだった・・・。でもなんとか耐えて翌日の手術にこぎつけた。下から生む人はもっともっと強い痛みに何時間も耐え、そして苦しい思いをして生む・・・。私は手術で取り出してもらえてよかった。

主治医の先生が娘を取り上げた・・・。

「女の子が無事に生まれましたよ」

出血が激しく意識がもうろうとしていた私だったが、先生に

「どうもありがとうございます・・。先生のおかげです・・。」

と何度も繰り返していた・・・。

術後何日間はせきをするのもはばかられるほどの痛みがあった。
でも我が子を授かることができた喜びのほうがはるかに大きかった。

娘が生まれて3日後に突然先生から告げられた言葉・・・。

「ミルクを吐いてしまって体重が減少して危険なので、大きな病院に移します」

ということだった・・・。まだ、娘におっぱいもふくませていない。最後にだっこさせてもらい、旦那とともに娘は救急車に乗せられて転院してしまった・・・。

その日は記録的な大雪が降った日だった・・・。

病室の窓から見える雪景色を見ながら私は呆然としてしまった・・・。

結果的には娘は私の退院の直後くらいに退院できることになって、その後何ヶ月か通院して特に問題はなかったのだが・・・。

娘と引き離されてしまった私は毎日病室で目が腫れる位泣いてた・・。

特に辛かったのが授乳の時間・・・。みんなは赤ちゃんの待つ授乳室へいって、我が子におっぱいを含ませる。でも私の赤ちゃんは遠い病院に連れて行かれてしまった・・・。ただ、初乳を与えるということは赤ちゃんにとってとても大事なことだったので、私は出ないのに、バンバンに張っているおっぱいを、他のお母さん方に混じって授乳室で搾乳しなければならなかった・・・。そしてやっとのことで絞りとったわずかばかりの母乳をパックにつめたものを冷凍保存して、旦那が雪の中毎日せっせと、娘の元へ届けに行ってくれるのだった・・・。さみしかった・・・。そしてなんとなくみじめな気持ちになった・・・。

産後の気分というのは形容しがないほど不安定になる・・・。授乳室ではリラックスしてもらうという意味なのかもしれないけど、ラジカセで音楽を流していた。そのときの音楽・・・。スピッツの「はちみつ」というアルバムだった。あの曲を聴くとあのときの切ないなんとも言えない心理状態がよみがえる・・・。

でも私は看護婦さんの励ましの中で、無理してでも明るく毎回授乳室へ向かっていた・・・。それなのに・・・。ある若い看護婦が私に言った。

「わざわざ授乳室に来なくてもいいのよ。」

その言葉に傷ついた・・。私だって無理して行っているのにまるで赤ちゃんのいない私は授乳室に入る権利がないみたいに言われてるように感じてしまった・・・。

産後、特に私のようなケースの場合は言葉に気をつけて欲しい。私はこの看護婦の言葉を今でも許せない・・・。

病人の世話をする看護婦さんにはもう少し病人の気持ちになって、優しく接してもらいたいものだと思う・・・。

こんな看護婦さんたちばかりではないのだろうが・・・。

子供にとっての幸せって?
2006年03月16日(木) 10:25
家の子のクラスが学級崩壊している。それで旦那はその惨状を目の当たりに見てきた。結果、旦那いわくこれから勉強も難しくなるのだから同じ学区内の学校に転校させろとの指令が下った・・・。

転校する予定の学校に見学に行って来た。私よりもたぶん若いと思われる副校長先生がていねいに応対してくれた・・・。授業風景も見せてもらった・・・。静かだ。みんなおとなしく授業を聞いている。この学校ではきちんと授業がなりたっている・・・。当たり前のことなのだけれど、なんだか感動してしまった・・・。校舎も南向きで静かな環境。
私としてはこの学校に転校させることが最善の方法に思えた・・。

その後応接室に通され、副校長先生のお話を伺った。先生の見解では、今の状態で転校させるのは子供がかわいそうだということだった。特にいじめられているわけでもなく、お友達もいて楽しく学校に通っているのだから環境を変えてはかわいそうだというのだ・・・。

そういわれると私も「そうかな・・・。」と言う気持ちになった。たしかに元気に楽しく学校に通えるというのが、一番よいことだなと私も常日ごろから思っていた・・・。勉強は二の次でもいいんじゃないかと・・・。

結局転校の話は保留になった・・・。3年生になってクラス替えもあるし、その様子を見てから判断しても遅くないということになった。

帰宅し、旦那に報告。旦那は納得していないようだったが、「プロの教育者の意見なんだよ。」とあくまで、私の意見ではなく先生が言ったことだということを強調した。旦那はしぶしぶ納得したようだった・・・。

「転校はしないよ。ママが守ってあげるからね。ずっとこの学校に通ってもいいんだよ。」とやさしく娘に語りかけた。

娘は安心したようだった。子供の気持ちを最優先させるのが一番。

私はあらためてそう思ったのだった。

少子化というけれど・・・
2006年03月03日(金) 18:29
子供の学校のクラスが学級崩壊している。一年生のころから同じメンバーなのだが、入学当初から立ち歩いたり落ち着きのない児童が多かった。一年生のときの担任の先生は相当苦労したみたいだ。通常二年生までもちあがりで担任になるのだが、その先生は別の学校に移られてしまった。

そして二年生になってもひどくなる一方で・・・。緊急保護者会も開かれ、いろいろな意見も出たが、結局先生方はお手上げ状態のようだ。先日旦那が授業の様子を見学してきたのであるが、本当にひどい状態だったそうだ。それを見た旦那は転校させようと言い出した。同じ区域内の学校には自由に転校できるようなのだが、子供の足で通うには遠すぎる。もし本当に転校することになったら、当分は私が車で送り迎えしなければならない。でも一番の問題は、子供の気持ちである。慣れ親しんだお友達と離れなくてはならない。納得してくれるだろうか・・・。

それはそうと私は働いているので、学童保育を利用しているのだが、4月からの申し込みの結果、待機中にされてしまった。4時間しか働いていないから優先順位も一番最後にされてしまっていた・・・。最悪。

平日、子供が学校へ行っているときはなんとか仕事を続けられるけれど、春休みや夏休みなどは預かってもらう人がいないので、私が仕事を休まなければならない・・・。こんな状態で仕事継続できるのだろうか?少子化、少子化と叫ばれている昨今でも、こうして学童や保育園に入ることができなくて、働きたくても働けないお母さん方がどれだけ多くいるのだろう。本当に早急に対応して欲しいと思う。今の世の中共働きでもしなければ、生活していくことが出来ないのだから・・・。

働かなくても食わしてくれるなら、これほどありがたいことはないのだが、たとえ生活に余裕があったとしても、あのケチな旦那に限って、私も遊ばせておくことなど、絶対に許すはずがないのだ。かりに私が職を失ったら今まで以上にしいたげられることが容易に予想できてしまうので、辛いものがある・・・。

働いても辛いし(こずかいもらえない)、働かなくても地獄だし、私は結局どっちにしても救われないように出来ているようだ・・・。

 | HOME |   NEXT>>


Designed by GALPOP BLOG + GALPOP.NET
close